去る4月24日日曜日13時より、長林寺サンクチュアリ保護基金と足利ものがたり文化の会との共催で、当寺公園を会場に「ニホンミツバチをみる会」が開催されました。昨年の4月3日に開催されたニホンミツバチの保護に関する学習会同様、今回も「日本在来種みつばちの会」会員の渡辺晋児(わたなべしんじ)さんをお招きし、当サンクチュアリに生息するニホンミツバチの生態や巣箱内の様子について、実物の見学や蜂蜜の試食などを交えてご解説いただきました。お話を聞いて理解を深めるだけでなく、語って、歌って、観察して、触って、味わって、ニホンミツバチさんへの思いを育む楽しく有意義な環境教育イベントとなりました。
「ものがたり文化の会」とは、詩人や評論家、思想家として知られる谷川雁(たにがわがん)によって1982年に創立された児童中心の文化活動団体です。ひろく全国に展開し、幼児から大人世代まで宮沢賢治の童話や詩の世界を自由な表現で創造し合い、特に身体表現と朗読による「人体交響劇」という劇を発表し続けています。様々な体験学習も盛んに行っており、今回のイベントには、足利市の集い(パーティ)で長く代表をおつとめになられている前田幸江(まえださちえ)さんはじめ、会員親子ほか関係者など、約40名の方々が参加されました。有難いことに、前田パーティにとって当サンクチュアリは、勝手知ったる遊びの庭であり、表現の羽を伸ばす劇場空間のようです。
会員の皆さんが描いてくださった個性豊かなミツバチの絵が、本堂前にずらり並んで舞いました。
挨拶の後、本堂前庭を舞台に一期一会の人体交響劇が開演。
ちょうどそのときはかたくりの花の咲くころで、たくさんのたくさんの眼の碧(あお)い蜂の仲間が、日光のなかをぶんぶんぶんぶん飛び交いながら、一つ一つの小さな桃いろの花に挨拶して蜜や香料を貰ったり、そのお礼に黄金(きん)いろをした円い花粉をほかの花のところへ運んでやったり、あるいは新しい木の芽からいらなくなった蠟(ろう)を集めて六角形の巣を築いたりもういそがしくにぎやかな春の入り口になっていました。
宮沢賢治「洞熊学校を卒業した三人」より
学習会の前に、足利ものがたり文化の会の皆さんによって、イベント開催の縁となった宮沢賢治の童話「洞熊(ほらくま)学校を卒業した三人」の序章が上演されました。元気いっぱいな子どもたちに新緑の背景がぴったり。本作のすべての章末に、ミツバチの群れと思われる「眼の碧い蜂」たちの描写が挿入されています。競争意識にとらわれて非道な行いを重ねた末に身を滅ぼす3人の主人公(クモとナメクジとタヌキ)とは対照的に、群れの秩序をたもつ行いに余念無くひたすら穏やかな年月を送る「眼の碧い蜂」たちは、平和な世界を築くお手本のような生き物として描かれています。敬虔な仏教徒であり参禅も経験されていた賢治さんですが、古い仏典の中にも、花を傷つけることなく花蜜のみを取って去るミツバチの姿が、托鉢(たくはつ)して村を巡る出家修行者の範として登場します。有名な仏の三十二相(32のすぐれた身体的特徴)の一つに「真青眼相(しんしょうげんそう/しんせいがんそう 美しい青蓮華のような真の青色の眼)」があり、「眼の碧い蜂」たちの姿に仏の聖なる像が重ねられているのかもしれません。
続いて谷川雁作詞「夏のデッサン」を合唱。1番の歌詞にはミツバチのいる場景が書かれています。
交響劇と合唱の後は、いよいよ渡辺さんのお話。「長林寺にいるニホンミツバチってどんな虫?」「ふだん見かけるセイヨウミツバチとどう違うの?」「私たちが近づいても刺されたりしない?」基本の基から分かりやすく教えていただきました。ニホンミツバチは、アジアの広範にわたる地域に生息しているトウヨウミツバチの亜種で、その名の通り日本在来の野生種。現在では明治時代に移入された外来種のセイヨウミツバチが養蜂の主流となっていますが、古く「蜂蜜」といえばニホンミツバチの蜂蜜を指していたそうです。上の賢治童話の一節にも語り尽くされているように、そもそもミツバチは花蜜の収集者かつ花粉の媒介者(ポリネーター)で、温厚な性格。その中でも、人間の飼育管理下にありほぼ野生化していないセイヨウミツバチにくらべ、ニホンミツバチはより穏やかな性格とのこと。むやみに巣に近づいたり攻撃したりしない限り刺されることは無く、ましてや今の時期は繁殖や分蜂(ぶんぽう)と呼ばれる巣分かれなどで忙しいため、人間にかまっている暇すら無いそうです。ただ、ニホンミツバチは外部からの刺激や環境の変化にとても敏感で、移動性も強いらしく、行動距離と一群の数はセイヨウミツバチの半分ほど。体もセイヨウミツバチよりやや小さく、デリケートで希少なニホンミツバチさん。たとえ私たちが発見しても、意識して生息環境を守っていかなければ、たちまち会えなくなってしまうわけです。
司会の私がいくつか質問させていただいた後、参加者からの質問タイムへ。「女王バチはどうやって生まれるの?」「女王バチはどうして一匹しかいないの?」「オスにはなんで毒が無いの?」「ニホンミツバチもイチゴ栽培に用いられているの?」など沢山の質問に対し、渡辺さんにお答えいただきました。質問だけでなく、主役のニホンミツバチさんも会場の宙を飛び交っていました。
お話に続いて、「六角形の巣」の本物を見学。渡辺さんが境内に設置してくださった重箱式巣箱の一つです。ふたを開けると、残った古巣が。実に効率良く広さも強度も確保された驚きのハチの巣(ハニカム)構造。年末にFIFAワールドカップの開催が予定されていますが、サッカーのゴールネットにもこの六角形のハニカム構造が採用されているそうです。以前紹介したブラヤモリさんと同じく「生物模倣(バイオミメティクス)」ですね。巣は上から下へ水平に作られていくようです。渡辺さんに「王台(おうだい)」という語も教わりました。僧侶が生活する部屋は僧房(そうぼう)ですが、ハチの巣にびっしりと並ぶ六角形の小部屋は巣房(すぼう)。働きバチの育児室または花粉や花蜜の貯蔵庫になっているとか。王台とは、女王と女王候補の幼虫たちのために働きバチが設えた特別な巣房のことで、こちらの部屋は六角形ではなく、下向きの壺形で少し広いつくり。王台にも色々な種類があるそうです。またミツバチの群れは女王中心ですが、女王バチは絶対服従の命令を下す独裁者ではなく、無二の産卵役。働きバチもすべてメスながら卵は産めず、強い血縁社会における自分の任を果たして短い一生を終えていきます。きびしく情の無い世界ですが、人間の世界にはびこるような邪悪さが入り込む余地も無く、個々が空気を読んで行動することもありません。独裁者の指揮下にウクライナへの軍事侵攻を続けるロシアの教育現場では、侵攻に疑問を呈して反戦を訴えた教師が、虚偽情報を教えた裏切り者として生徒や保護者から密告され、解雇された上に罰金まで科せられているといいます。群れの安寧秩序を何より重んじるミツバチの世界であれば、働きバチによるクーデターが起こり、新たな王が誕生しているに違いありません。
本堂前庭から移動して、ニホンミツバチが現在巣作り中の巣箱のそばへ。渡辺さんご引率のもと、グループごとにニホンミツバチと巣箱の様子を観察していただきました。樹上ではカワラヒワさんのメスがヂーッと歓迎のさえずり。少しくすんで黒っぽい黄色の羽は、ニホンミツバチさんの地味な色合いに似ているかも?ミツバチさんたちが出入りする正面を避けて観察するのがマナーです。
最後はお待ちかね、蜂蜜の試食タイム。一匹のニホンミツバチが一生かけて集めたひとさじ分の百花蜜をお一人ずつぺろり。またとない3時のおやつを味わっていただきました。「クセが無くてやさしい味」「市販のハチミツと全然違って、さっぱりとした自然な甘さで美味しい」とのご感想も。またあるお子さんからは、ニホンミツバチに対して「怖さが無くなった。大切にしようと思った」と嬉しい一言。この会の記憶が参加された方々の頭に少しでも留まり、希少なニホンミツバチさんとその生息域の自然環境が保護されていく未来につながってくれればと思います。当日は朝から雨雲が立ち込めて天候が心配されましたが、15時の散会まで本降りにならず、無事に終了しました。「雨ニモマケズ」とはいうものの、賢治さんも松の林の蔭でひそかに喜ばれていたことでしょう。皆さん、おつかれさまでした。〈副住 文央〉