春をひらく

重ね着が必要な衣更着(きさらぎ)の月を越え、陽光増す草木弥生(いやおい)の月を迎えました。日ごとの寒暖差も朝昼の温度差も大きい今年3月の初めです。晴れ渡っても白くかすみがちな空模様と足元の湿った大地に春の訪れを感じます。暖かい日差しが降り注いだ啓蟄(けいちつ)から一転、翌6日は冷たいからっ風が吹き巡る真冬の日曜日となりました。ようやく寒の緩んだ9日から、山門前ではキジバトさんの朝礼が始まっています。れっきとしたキジの仲間とされるコジュケイさんののど自慢も林の奥から境内へ接近中。その境内では、春を告げるウグイスさんの歌唱が始まりました。ものまね芸人ならぬ鳴きまね芸鳥ことガビチョウさんの表現豊かなバックコーラスは今シーズンも健在のようです。甲高い哄笑に似たオオタカさんの貫禄ある鳴き声も山中に響いています。

咲きこぼれる梅の木は鳥たちの大宴会場です。メジロさんとヒヨドリさんはにぎやかな団らんを、コゲラさんとモズさんはマイペースに孤独のグルメを満喫しています。白いはんぺんかマシュマロを黒いのりで包んだような味のある顔をしたシジュウカラさんとヤマガラさんは人なつこく、私が真下に立って様子をのぞいても、宴席の枝を去らずに羽休めしたまま会食を楽しんでいます。時折ひらひら舞う白梅の可憐な花びらたちが、芳しい清香とともに花粉症の鼻目を和ませてくれます。清香を誇ることなく花を散じて春景を生み出す、とは道元禅師が中国留学時代に師事された如浄(にょじょう)禅師のお言葉。きびしい冬の寒さをのり越えて早春に開く梅の花は、道元禅師の象徴ともいえる特別な花です。恩師の言葉にならい、禅師は梅花をお釈迦様のおさとりや教え(仏法)などに見立てられ、こよなく愛でられました。そんな梅樹のそばに道元禅師求道の像がならび立つ当山の本堂前。ちょうどお像の視線の先、青いブランコに寄り添って美しい紅衣をひろげる椿の花たちとの競艶は、今が見ごろです。権現池のほとりでは、早咲きの河津桜も開花しています。特に今日は4月並みの暖かさとなり、寄せては返すやわ風にキチョウ(黄蝶)さんが遊んでいました。春本番を待つ長林寺サンクチュアリ。花蜜を運ぶミツバチさんたちは、すでに啓蟄前の2月中ごろから活動を始めています。

リンゴの花が咲いているのを見て撮影をはじめた。マルハナバチがブンブン飛ぶ、白い婚礼の花。ふたたび、住民は働き、果樹園は花盛り。両手にカメラを持つ、しかし理解できない、なにか変なんです。露出は正常だし、画像は鮮明。しかし、なにかちがう。突然ひらめく。そうか、においを感じないんだと。果樹園は花盛りなのに、におわない。放射線値が高いところではからだがこのような反応を示すのです。あとになってはじめて知りました。二、三の器官が機能しなくなるんです。ぼくのグループは三人でしたが「リンゴの花はどんなにおいがするかい?」と聞くと「それがぜんぜんにおわないんだ」。なにかがぼくらの身に起こりつつあったんです。ライラックもにおわない。あの香りの強いライラックがですよ。
スベトラーナ・アレクシエービッチ[松本妙子 訳]『チェルノブイリの祈り』「第二章 万物の霊長」(岩波現代文庫)より

さて海の向こうの独裁者は、自らの蒙を啓(ひら)く警策の音とすべき内外の反戦の声を徹底して抑え込み、軍事侵攻を続けています。啓蟄前の4日には、ウクライナ南部の稼働中の原発に進軍して砲撃する様子が監視カメラの映像とともに報じられました。その他の原発や核関連施設も攻撃または占拠されているといいます。エネルギーを盾に、核を人質に。数年前にプーチン大統領が語ったとされる「ロシアが存在しない世界は無用」という言葉通り、人類全体を脅かす恐ろしい暴挙です。世界各地に不信と憎悪を芽生えさせ、孤立した大地で沈黙の春を謳歌するつもりでしょうか。民間の子どもたちの命を奪う残虐な戦争こそは、最悪の人権侵害かつ最大の環境破壊といえます。ちなみに現在のチェルノブイリの立ち入り禁止区域内と同レベルの放射線を受けたマルハナバチは、その繁殖能力が30~45%低下したと研究によって示されています。1986年の事故発生当時ではなく、「現在(厳密には約1年半前)の」です。

一昨日の10日で東京大空襲から77年、昨11日で 東日本大震災および東京電力福島第一原発事故から11年。近ごろはロシア軍のウクライナ侵攻に乗じ、日本国内で一部の人々から「核共有(核シェアリング)」「敵基地攻撃」などの声も上がっていますが、核抑止力の限界と「暴を以て暴に易う」無益さが明らかになった現実を認めなければ、さらに悲劇が繰り返されるだけのように思います。仏教者にとって、非戦・非暴力は堅持すべき揺るぎない立場です。言葉の暴力も含め、他者を傷つける行為は断じて認められません。

すべての者は暴力におびえ、すべての者は死をおそれる。己が身をひきくらべて、殺してはならぬ。殺さしめてはならぬ。
すべての者は暴力におびえる。すべての(生きもの)にとって生命は愛しい。己が身にひきくらべて、殺してはならぬ、殺さしめてはならぬ。
中村元 訳『ブッダの真理のことば 感興のことば』「真理のことば(ダンマパダ)第十章 暴力」(岩波文庫)より

上の引用は、今回のロシア軍の侵略行為に対するメッセージとして、大本山永平寺貫首の南澤道人猊下(げいか)はじめ、全日本仏教会理事長の戸松義晴さん、武蔵野大学学長の西本照真さん、同朋大学学長の松田正久さんなどによって紹介されたお釈迦様のお言葉です。
私自身、一刻も早い停戦を訴えるとともに、平和的な解決を切望いたします。

明朝は今年最初の定例坐禅会を開催します。〈副住 文央〉